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3.12

昨日はたくさんの特番があった。
10年って節目なのもある。

でも個人的には、母の誕生日でもあった。

翌3.12。

当時、東京の目黒に住んでいた。
まちのほとんどの場所から水が消え、食料がなくなり、
トイレットペーパーもティッシュもなかった。
誕生日だった母は都内から川崎に戻れず、つながらない電話で
安否を何度も確認した。

TVから流れる画像は、あまりにもショッキングすぎて、
精査なんて出来やしなかった。

唯一分かったことは、翌12日の朝のこと。
当時住んでいた2階建てのマンションの屋根が、朱色から真っ白に変わっていて。

環七沿いから一本入った場所にあったその家は、そりゃあ環境的に良いとは言えなかった
けれど、それでも朱色が真っ白になることなんてなかった。

「これは何かがおかしい」
当時1歳だった長女を抱っこしながら、それだけは分かった。


それからだ。
私が再生可能エネルギーの世界に身を置いたのは。

基準は長女。
この子が大人になった時に、何を手渡せるのか。

それまで喋る仕事(ラジオDJやナレーション、MC)一本で生きてきたけれど、
「伝える」仕事で大成していたわけでもない自分が、
何を残せるか。

その頃に出会ったのが、SDGsの前身である、MDGs。
相当な熱量で太陽光発電事業に取り組んだ。

でも全くもって、我が家のジブンゴトにはならなかったし、
そもそもちゃんと咀嚼できていなかったんだと思う。

太陽光発電事業に参画したのちにバイオマスに携わるようになって、
17色のカラーリングが国連から発表されたんだ、ぐらいな感覚で
捉えていたSDGs。

あー、なんかやったほうがいいんだよな。
でもMDGsでこけてるし、清濁併せ持つ感じだもんな・・・
ぶっちゃけそう思っていたんですよね。

先ほどまで放送していた「Fukushima50」を長女と観ていたんですが、
「パパとママがさ、大変だったよって言っていたけれど、
そんな次元じゃない人たちのおかげで今があるなんて思わなかった。
歴史を風化させるなって聞くけど、これは本当に言葉にできない。」

と、粛々と泣きながらそう言ってきて。

あの時1歳だった長女は、もう6年生になろうとしている。


そんなこと言っている間に、成人するんだろう。


現場にいた方、避難された方、影響を受けた方、僕ら、そして子どもたち。
そもそも持っている時計が違う。
ジャーニーの法則にも通じるけれど、時間×体感の感じ方は、
歳を追うごとに早くなっていく。

私にとって3.12は、自分の在り方を変容しようと思えたきっかけの日です。



なーんて話を、映画観終わった娘に話して、
「今日もありがとうね。愛してるよ」そう言って彼女はベットに
向かいました。


当たり前を再定義する。


三人の娘たちに囲まれる日が来るとは夢にも思っていなかったし、
それが当たり前でないことも重々承知している。
今までは妻と話をするだけだったのが、いつのまにか長女とも
話し合えるようになった。


私が「きれいごとで汗をかく」と常々言う源流はここにあったりします。

10年という節目は大きなことかもしれない。
でも当事者の方にとっては、毎日が「その日」なんだというのも
感じている。

答えがないからこそ答えを作っていく。
そんなダイナモ、どっかの通販サイトで売っていれば即買いしますので
お知らせください(笑)

きょうはこんなところで。
月一しか書いてないことに衝撃受けてるけれど(笑)

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ライター紹介 ライター一覧

今井 雄也

今井 雄也

SDGsアクセラレーター。ビジネスと地域の暮らしを活性化させる「グローカルアクト」主宰。2030SDGsゲーム公認ファシリテーター。妻と3姉妹の父&現役アフォ男子。子どもからSDGsおじさんと呼ばれる

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